牧場そして工場ファーストの”モノヅクリ”

北海道の牧場

紡績工場

日本のめん羊飼育畜産業と毛織物生産への取り組みは、明治政府の殖産興業政策にはじまる。(それ以前の取組みの参考資料は、『羊の本』198203頁)
1966年に日本の原毛輸入量は世界1に、1972年に日本の国内最終消費量、自由世界第1位。と、日本は羊毛の加工と消費で世界1位になったこともあった。しかしそれはあくまで羊毛を輸入して加工消費するというもので、過去150年の歴史から見て、政府の方向性次第で羊と羊毛産業は、その構造自体が3050年単位で激変してきた。日本の羊と羊毛は産業・文化と言えるほど継続性があるといえるところには至っていないように私は思う。

そんな中で国産羊毛で製品をつくろうという取り組みが2019年にJapan Wool Project(以後JWP)が始まった。現在約2万頭以下の頭数しか日本では羊が飼育されていない。主に北海道で200600頭規模の生産牧場が肉出荷を目的として存在しているが、それ以外はたいてい観光牧場である。その羊毛は、戦後は布団綿や編み毛糸などとして流通していたが、1998年に洗毛工場が無くなって以来、毛刈りされたあと羊毛は実質放置されてきた。

このような状況に憂い、時代の「サステナブル」という空気もあって、JWPは国産羊毛の買い取りと製造をはじめた。それは豪州など羊毛産業の理論を下地にしていたが、けしてそのまま直訳することはできないこともあり、豪州の羊毛価格(インジケーター)を基本(最低価格)として、その上に毛質に関するチェック4項目を5ポイント掛けて加算するという、日本独自の計算式で羊毛を買い取りはじめた。この計算式は毎年改良を重ねながらであり、いまだ定まった計算式ではない。

202371日に牧場から集まってきた羊毛を一宮で格付けした。1袋約80㎏入る袋に、牧場単位で集められた羊毛。主に北海道東北から集まった。
その格付け方法は、1袋ずつ開封した羊毛の上に見えている毛質で判断していく。よって、一番上に良い毛質が見えていて、中に糞やゴミが多量に内在していても実質底までは確認できない。しかし羊毛は1頭約2㎏くらいなので、その牧場がスカーティングしているか否かは上部の23頭の毛の扱いを見ればわかる。あやしいと思えば、その牧場の羊毛は全部別会場で、ゴミを取り除く作業(スカーティング)をする。これがたいへんな手間で、当日はJWPに興味を持ってくださるテキスタイル関係の方や学生さんなど2030人がボランティアで、裾物を取る作業を手伝いに来てくださった。
このように一宮に到着する段階で日本の羊毛は、豪州NZ羊毛のように1袋単位で品質が均質でゴミが取り除かれているわけではない。すなわち豪州のように牧場の現場でクラッサーが品質のクラス分けを、毛刈りの現場ですぐにするわけではない。羊毛加工用に仕分けができていない羊毛を判断しなくてはいけないところにまず、問題があることは十二分にわかっている。
その技術的面と羊毛に関する知識を補っているのが「国産羊毛コンクール」である。これは2011年以来13回開催されフリースの毛質を審査するコンクールで、牧場にスカーティングの技術と、毛質を判断する目合わせ、そしてスピナーへの販売を目的としている。
現在、毛質向上を目的とする国産羊毛コンクールと、羊毛の買い取りと流通を目的とするJWPの両輪で、国産羊毛の製品化を進めようとしているが、公正な買い取りのための「羊毛の格付け査定基準」は、そもそも牧場の段階の羊毛の毛刈りスカーティング、格付け、梱包の現場のハンドリングのエデュケーションが始まったばかりで、まだまだ追い付いていない。それでもまず「買取」からはじまらなくては何も始まらないので、品質と価格評価にブレはあってもまず流通のシステムをつくろうというのが現在である。すなわち羊毛の扱いも、流通も、格付けも、ましてや加工、販売も、すべて緒に就いたばかりで、何一つ基準となるものがない状態ではあるが、今まで消費しかしてこなかった日本が、はじめて取り組み始めた羊文化の萌芽と言える。

日本には羊がいます。
その中番手で英国羊毛に似た膨らみのある羊毛でつくれるものは、ツイード、ニット、ブランケットから敷物まで、多彩なものが作れます。

その毛質を生かした製品つくり。JWPが作ろうとしているシステムは「生産現場からはじまる加工と消費」ということ。それは産業革命以来の「消費者のニーズからはじまる生産」とは真逆のベクトルで、過去300年の考え方とは違う「牧場と工場ファーストのモノツクリのシステム」を作ろうとしているのだと、私は思っています。

本出ますみ

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